朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第106回2015/9/1

三千代さんは公然君の所有だ。けれども物件じゃない人間だから、心まで所有する事は誰にも出来ない。本人以外にどんなものが出て来たって、愛情の増減や方向を命令する訳には行かない。

 この回の注釈が大変に役に立つ。
 
 この小説の時代以降、100年以上かかって、上のような考え方が広く世間に認められるようになった。
 結婚は、本人同士の愛によって結ばれるものという考え方も同様であろう。
 既婚であろうと、女性の愛を、誰からも「命令する訳には行かない。」とする言葉は、当時としてはそれまでの考え方を逆転するものだったと想像できる。

 男女は平等、同権であり、男女共同参画社会をより進める、という考え方を、私はすでに認められたものとして教えられてきた。その考えに反対すると、非難されることを覚悟しなければならない時代に生きている。
 「代助」は、女性に参政権さえない時代の日本社会で、ここまで到達している。

 社会活動家、思想家が上のような主張を述べ始めるのは、日本ではもっと後の時代になってからであろう。
 そして、何よりも注目したいのは、活動家や思想家は概念が先行するが、漱石の小説の中では、感情に左右され、実際には考えた通りには動けない「人」が描かれている点である。それが、三年前の「代助」の行動に表れていたと思う。

君からの話を聞いた時、僕の未来を犠牲にしても、君の望みを叶えるのが、友達の本分だと思った。それが悪かった。