朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第108回2015/9/3

代助は拳を固めて、割れるほど平岡の門を敲かずにはいられなくなった。忽ち自分は平岡のものに指さえ触れる権利のない人間だという事に気が付いた。

 「代助」は、周囲の目をはばからないような行動をとらなかった。しかし、「三千代」の命が危ないかもしれないと思うと、自制心も限界に近づいている。
 かろうじて、強引な行動を止めているのものは、彼が否定している夫の権利というものだった。観念では否定していても、社会の秩序を破壊する行動はとらなかった。
 矛盾だと思う。だが、矛盾をはらみながら生きていくのが人間だとも思う。
 だからこそ、彼の苦しみが時代を隔てた読者に伝わってくるのだと感じた。