朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第156回2015/9/7

しかし、そうしたありきたりの言葉では、いまの星の胸には届かないような気がした。

 「心には届かない」としても、意味は変わらない。だが、二人の男の会話では、「胸には」がより伝わってくる。「胸が裂ける」という慣用句を思い出した。
 こういう何気ない言葉の選択から、登場人物の声、表情、その場の雰囲気が浮かんでくる。

 「星」は、他の二人とは違って、独り身の生活が長いというわけではなかったようだ。