朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石

 当時の資産家の子弟で、高等遊民と呼んでよい生活をしている人は現実の世間にいたであろう。しかし、「代助」のような精神をもつ人がいたであろうか。
 時代を問わず、支配階層や富裕層の人々が、より高い地位と権力、そして、より多い富を貪欲に求め続ける例はたくさん知られている。
 当時の資産家の子弟で、親の金で遊んでいられる人々は、より贅沢を求め、教養と実力がなくても世間的な地位や権力を欲しがる人が多かったと考えるのが自然だろう。

あらゆる神聖な労力は、みんな麵麭を離れてゐる。

 このように考え、自分が働かない根拠がここにあるとする「代助」のような高等遊民が他にいるだろうか。
 さらに、視点を変えるなら、この言葉は、金銭を得るための労働をしない人にしか言えない言葉でもある。どんなに金銭に無頓着な人であっても、仕事をして得た金で生活している人がこの言葉を言っても、それは理想論でしかない。
 したがって、金銭を目的とする労働はしないとする精神を行動に移すことができるのは、親の金を使うが贅沢を求めない高等遊民の「代助」だからこそ可能なのだと感じる。