朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第165回2015/9/17

 「星」は、一緒に住もうという話には乗らなかった。「佐瀬」と「藤原」も「広岡」の所へ進んで来る気配は感じられない。
 ジム仲間の3人は、「広岡」がいくら金持ちになっても、その金を当てにして世話になろうという気持ちは持たないと思う。
 そして、「広岡」の方は、他の人に強引に自分の考えを押し付けることはしないだろう。ジムのコーチ役を引き受けなかったように、決して自分から他の領分へ出しゃばることはしない。
 「広岡」には、他の人を深追いしない、そして、自分の役割が済んだと思うと、自ら身を引く姿勢を感じる。


広岡は相手を殴るどころか、体に触れることもできなかった。

 ここがボクシング観戦の魅力でもあるが、それを分かるようになるにはそれなりの経験がいる。