朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第169回2015/9/21

 ボクシングに近づいていくストーリーがおもしろい。今までで一番展開に引きつけられる。

 窓の外からのぞき込んでいた広岡は、そのボクサーの動きから眼を離せなくなった。
 そして、思った。美しいな、と。

 ボクシングは、競技としての格闘技の中で、最も血なまぐさいと思う。
 プロボクシングは、ルールとレフリーとグローブがあるだけで、あとは生身の人間の一対一の闘いだ。ショーの要素をもった新しい格闘技がブームになった時期もあった。しかし、結局はボクシングのスタイルを超えるものは誕生しなかった。
 ボクシングには、究極の何かがあるのだろう。倒すか倒されるかと、「美しいな、」と思わせるものが。