朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第173回2015/9/25

 広岡は、聞かれていることに答えていない、と思っていたらその通りだった。
 真田が聞きたいことは、なぜボクシングをやろうと思ったかの理由だ。広岡が言いづらかったのはまさにそのことだった。
 前回の私の文で、「話の流れで、そのことも正直に言うかもしれない。」と書いたが、今日の回では、「正直」という言葉をそのまま真田から言われたような気分だ。

正直の反対は嘘をつくことではありません。

話というのは、省略することができるんです。省略することは、嘘をつくことと同じではありません。すべてを話すのではなく、必要なことを話せばいいんです。

 自分が質問する時は、答える人に対して、肝心のことだけを早く答えてくれよ、と思う。ところが、質問される側になった場合に、いっぱい話したが肝心のことを答えていなかったと、後で気づくことがよくある。
 省略するところは省略して、必要なことだけを話すようにこれからは気をつけよう。