朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第196回2015/10/19

昼食後、広岡は食器を片付け、洗い物を済ますと

 ご飯を自分で作っているということだ。しかも昼食だから、朝、晩も自炊しているのだろう。
 一人暮らしで、欠かせないものは、家事の能力だ。今は炊事・洗濯・掃除も便利な用品がたくさんある。それだけに知識と技術が必要だ。
 私は、病後は家にいる時間が長くなったので、ご飯作りを手伝ってみた。やってみて初めて、気づいたことがある。毎日のご飯の準備は、今まで考えていた「料理」とはちょっと違っていた。
 「料理」のイメージは、何を作るかを決めて、材料をそろえるという手順が一般的だ。でも、毎日の食事は、食材として何があったかから始まることが多い。食材を買いに行くにしても、毎日のことだから、売っているもののなかで、何が新鮮で安いかで決めることが多い。
 それに、毎食を作る上で一番大変なのは、後片付けだと分かった。
 広岡は、それをきちんとこなしているようだ。


ラジオを聞いたり、本を読んだりするだけで充分に満足な時間を過ごすことができていた

 この感じよくわかるなあ。部屋を整頓し、自炊し、ラジオに本、これでネコの世話をすれば暇どころか、忙しいくらいだ。