朝日新聞連載小説『門』夏目漱石第19回2015/10/20

 宗助が継ぐべき遺産は、実際に受け取った額の何倍もあったであろう。また、小六の学資についても潤沢と言えないまでも卒業までの額はあったに違いない。
 全て、叔父夫婦の身勝手な処置のせいで、正当な遺産を食いつぶされたといってよい。
 だが、叔父夫婦のことばかりも責められない。宗助には、父の考えに背いた過去があるようだ。当時は、父の方針に真っ向から背くことは、家業と一家の財産を継ぐことの拒否になったのであろう。
 そういう、経緯があったとしても、父の没後に実家に戻り、財産の処分を、全て宗助自身が行うことは可能だったようだ。
 宗助が、自分で財産の整理を行うとすると、今の役所勤めを続けるのは無理であったろう。そうなると、職を失うことになる。職を失っても宗助夫婦と小六の生計が成り立つほどの金額があったかというと、借金もあったということから怪しくなる。
 そう考えてくると、叔父を強く責める立場にない宗助の姿が浮かび上がってくる。