朝日新聞連載小説『門』夏目漱石第25回2015/10/28

 宗助は、どんなことなら全力で進めるのか。
 仕事は真面目に勤めている。だが、それに打ち込んではいない。打ち込むどころか、嫌々ながら諦めて働いている。
 家族のことといっても、妻と弟だけで、弟のことを心配しているが、成り行き任せの面がある。
 仕事以外に好きなことといっても、特にはない。
 要するに、今の彼は何かを、全力で進めることは一切ない。また、行動だけでなく信条としても何かある信念をもっているといったところが感じられない。

 世間の人が一生懸命になる富を得ることや、地位名声を得ることになんの価値も置いていないようだ。元々金銭や地位に縁がないかというとそうではない。父親は財産家であり、宗助自身は学歴が高く、その気になれば、今の役所勤めでも高い地位にのぼることもできたはずだ。それが、今のような生活をしているということは、自らそういうものを捨てたのであろう。