朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第218回2015/11/11

自分なら安心?それがどういう意味なのかわからなかったが、ことさら訊ね返すようなことはしなかった。

 家の方が、住む人を選ぶという意味にとれる。人が、住むのにふさわしい家を選ぶという見方に間違いはない。
 しかし、家の方が、そこで暮らす人を選ぶという側面もある。古く傷んだ家が、住む人の手入れと工夫で立派になる場合がある。そういう場合は、家が住むべき人を選び、人と家の双方が豊かになったということであろう。

 広岡の目から見ると、この家は素晴らしい。家の方も、広岡を住むべき人と迎えている。それを、佳菜子のセンサーがとらえているのだ。