朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第229回2015/11/22

傷をつけても、焦がしても、まったく気にならないような無骨なものがほしかった。

 物が溢れている今なのに、欲しいと思っても、ない物がある。実用一点張りで、品質のよい物がなかなかない。広岡が探しているテーブルもそうだが、木製で座ると背筋が伸びるような装飾のない椅子、組むと天井の高さ近くまである背の高い本棚、予算の範囲内で見つけるのは難しかった。
 家具以外では、2列座席で大きな物を積めて、乗り降りが楽で、四輪駆動のミニバンが欲しかったが、国産車ではついに見つからなかった。

携帯電話に電話をするのが好きではなかった。

 ますます広岡に親しさを感じる。でも、こういうことばかり言っているのは、世間でいうめんどくさい男なのかもしれない。それとも、60歳以上の年代的な好みなのかも…。