朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第231回2015/11/24

あの白い家の広い空間で、テーブルのないまま二、三カ月も過ごすのは無理だった。

 老人ホームをいくつか見たことがある。食事をしたり、レクレーションをするような広い場所が必ずある。その空間には、三、四人用のテーブルがいくつも置かれ、グループごとの配置になっていた。
 普通の戸建ての家では、居間にはソファーが置かれ、そのソファーはテレビを中心に配置されている。
 大きなホテルのロビーでは、ソファーが対面しているコーナーもあるが、その真ん中には低いソファーテーブルが置かれているだけだ。
 大きなテーブルを挟んで、そこに住む人が集まり、時間を過ごすような所はなかなかない。だが、テーブルがあった場合の便利さと、安心感は格別のものだと思っている。だいたいテーブルなしでは、新聞を広げ、連載小説の感想を書く場所などどこにあるというのか。