なんとなくではあるが、最近の新聞には新しいことが書かれていないと思った。私が読む新聞は、1種類だけだし、読む記事もそのほんの一部だ。だから印象も意見も一面的なものではあるが。
 
 だいたいが、新聞は新しいできごとすなわちニュースを伝えることを主な目的としているのだが、ニュースとはそもそもなんだろうかと考えてしまう。

 「ニュース」という外来語は、日本語で言い換えづらく、「ニュース」としか言いようがない。
 興味を持って読むニュースとは、自分が興味を持っている事柄で、その事実の新しい側面が伝えられている場合だろう。

 安保関連法案が国会を通るまでは、新聞は活気づき、新しい事実が毎日のように繰り返し報道されている印象を持った。だが、その後はそういう活気のようなものを感じない。
 この法案が可決される以前と以後では、確実に変化した事柄があるに違いないと思うのだが、それは伝わってこない。

 パリでの惨劇がどういう本質や側面を持っているのかを知りたいと思うのだが、今のところ何か新しい側面を新聞によって知り得たという経験をもつことができない。
 これは、新聞に限ったことではない。
 テレビの報道からも、ニュースと呼ぶにふさわしい内容を、最近は受け取った印象がない。今の日本で、マスコミが、ニュースを伝え、ニュースについて独自の解説をすることは、至難の業なのだろう。
 
 新聞の連載小説で、夏目漱石の『それから』と『門』を読んでいるが、この二つの小説の方に、「ニュース」といってもよい事実と物の見方を発見するのだが、それは私の読み方が間違っているのだろうか。