朝日新聞連載小説『門』夏目漱石第54回2015/12/15

 この時の宗助に取って、医者の来るのを今か今か待ち受ける心ほど苛いものはなかった

 これ以上にこういう場合の気持ちが伝わってくる文章表現は、ないのではないか。


 やがて小六は自分の部屋へ這入る、宗助は御米の傍へ床を延べて何時もの如く寝た。

 病人を心配し、医者に来てもらい、医者の治療も終わり、その後どうしたか、が伝わる。まるで事実をそのままに書いているようだ。
 だが、記録とは違う。恐らく、「何時もの如く」などが効果を上げているのだろう。どんなに心配しても、これ以上はどうすることもできない。寝ずに看病と思っても、もはやすべきことはない。だが、病人のことはまだまだ心配だ。そういう気持ちと行動が、ドキュメンタリーとは全く異なる表現で迫ってくる。