朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第253回2015/12/17

 いくら仮住まいのアパートであっても、広岡の部屋は藤原が驚くほど殺風景だったことがわかる。殺風景というよりは、余分な物を持たない暮らし方なのだろう。なにしろ、刑務所から戻ったばかりの藤原が、そう言うのだから。
 なんとなくだが、藤原も佐瀬も新しい家、つまりは元ボクサーのための老人ホームを素直には受け入れないような気がしていたが、藤原はそうでもないようだ。