朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第266回2015/12/30

 ネコのことは、残念だ。このネコが、広岡を頼りにしていたことがわかるし、広岡はかわいがっていた。
 ネコをかわいがるにもいろいろな仕方がある。話しかけ、部屋に入れ、毎日触れる仕方もある。一方、ネコの気が向いたときだけ、近づけ、ネコが食べたがるときだけ食べさせ、ネコが入ってこなければ部屋に入れることもしない仕方もある。
 広岡のように、ネコの好きなようにさせる飼い方、かわいがり方は、現実にはむずかしい。だが、ネコにとっては、どちらが生きやすかったのか、わからない。
 今の私の家での飼い方のように、家からは一歩も出さず、トイレも餌も完全に管理する方法は、ネコにとっては生きづらそうだ。そして、現代の都市部での飼いネコは、他の選択肢はないと思う。


自分はいつもこうやって関わりのあるものたちを切り捨て、切り捨てしながら生きてきてしまったのだなと。

 胸が痛むことには違いない。だが、そうしなければ前へは進めなかった。
 むしろ、きれいに切り捨てられないことの方が、より胸が痛むことにつながると思う。
 関わりのあるものたちをいつまでも大事にするか、それとも切り捨てるかは、その人自身が選択すべき生き方だと思う。