朝日新聞連載小説『門』夏目漱石第100回2016/2/26

 禅寺で過ごしたことは、何の成果も上げなかったが、無駄ではなかったと感じる。、悟りの境地には全く届かなかったが、禅寺での体験は宗助に変化をもたらしているとも思う。

彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。

 「門」が何を象徴しているかの答えは、一つではない。私は、その一つとして、「門」を、人生の不安と葛藤を乗り越える境地に至るための門、ととらえてみた。
 
 宗助は、完全に世俗を離れた生活に入って、生きていく上での不安や葛藤を乗り越える境地に至ることはできない。
 宗助は、生きていく上での不安や葛藤から逃避したり、それに打ちのめされる生き方はしない。
 彼は、世俗に生きながら、不安や葛藤を乗り越える境地を求め続けなければならなかった。