朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第381回2016/4/26

 広岡は、いつも自分のやり方を通して来ている。
 チャンプの家の家具選びでも、自分の好みにこだわっていた。翔吾への関わり方も、他の三人の後ろから見守るような立場から踏み外さなかった。
 しかし、翔吾のプロボクサーとしての再出発については広岡も前面に立たざるをえないようだ。前面に立てば、彼独特のやり方が顔を出すと思う。
 翔吾が本心から試合をする気になり、広岡も納得できる試合とはどんなものになるのか、楽しみだ。

 今まで分からなかった翔吾の事情を聞かされて、佐瀬、藤原、星がそれぞれどう考えたかを知りたい所だ。

 これだけ、次々と新しいことが起これば、老人四人は翔吾のことで頭がいっぱいになるだろう。それに、毎日の家事をこなすとなると、忙しいに違いない。自分の過去の経験を若者に伝え、自立した生活をしている老人は、現在の日本にどれほどいるだろうか。
 少なくとも、私はそのどちらもできていない。ああ‥‥