朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第34回2016/5/25

 苦紗弥の話は、迷亭と寒月のものとは違っていた。話の落ちがない。
 それだけに、二人の嘘の話ではなく、人間の本質を描いている逸話と受け取れる。
 
 妻が楽しみにしていることを実現させるのは、全く妥当なことだ。大切に思っている妻のたまの希望を叶えてやりたいと頭では理解している。
 しかし、なんとなく気が進まない。気の進まない外出を妻から催促されると、ますます行きたくなってしまう。それでは遺憾と、無理矢理に行こうとすると、今度は体がいうことを聞かない。
 苦紗弥は、そういう経験を話していると思う。

人は、わがままな存在だ。人のわがままを、理屈で正そうとしても抑え込むことはできない。道徳と理性で、自己のわがままな感情を抑えれば、身体が不調を訴え始める。それを、描いていると思う。
 現代では、過剰なストレスがかかると精神面だけにとどまらず、身体的な不調をきたすことは一般にも知られている。しかし、そう考えられるようになったのは、最近であろう。
 精神的なストレスが身体的な不調を起こす仕組みは複雑な要素が絡み合っていて、現代でもまだ解明されていないことが多いようだ。
 明治時代の漱石が、精神と身体の関係にも注目していると思う。