朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第36回2016/5/27

 珍しく、「吾輩」が「主人」を褒めている。

(略)その活眼に対して敬服の意を表するに躊躇しないつもりである。

 私も、苦紗弥を優れた人物だと思うようになった。どんな点でそう思うかと尋ねられると、まだうまく答えられないが、その静かな生き方と他人の称賛を浴びようとしない所は好きになってきた。まさに、「活眼」の人物であると感じる。


 三毛子の家の主人と下女のやり取りを読むと、実に人の実相を描いていると思う。
 人は、誰かを悪者にしないと安心して生きていけない所がある。私の場合も、周囲に誰か「悪人」を発見すると途端に、思考が活気づく。その「悪人」を非難する意見に同調する人が現れると、会話が盛り上がる。周囲に非難すべき「悪人」を発見できないときは、報道されるニュースの中から「悪人」を見つけ、関係もないのに怒る。
 一方では、何かのきっかけで、自分が「悪人」役にされると、非常に落ち込む。