朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第38回2016/5/31

 細君からの難題を、苦紗弥はあっけなく片付けてしまった。苦紗弥を、さすがだと思う。彼は、言い訳がうまいわけではない。また、細君の言葉をいい加減に聞いているようで、そうではないと思う。つまるところ、苦紗弥は、金銭にこだわらず、収入の少ないこともあきらめているのだと思う。

 苦紗弥と迷亭の会話を、ばからしいと感じながらおもしろがっていた。だが、だんだんに愛すべきものと思えてきた。
 センスのよい気の利いた会話とはなんだろうか。役に立つまじめな会話とはなんだろうか。そんなものがこの世に存在するのだろうか。存在するとは思うが、そのような有益な会話が日常的になされると思えない。
 そうだとすると、苦紗弥と迷亭の会話の価値が変わってくると思う。