朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第431回2016/6/17

 挿絵にあるようなペーパーのドリップ式を愛用している。ミルは、電動のありふれたものだ。コーヒーメーカーもいくつか試してみたが、いちばんの欠点は同じ種類のコーヒー豆ならいつも同じような味になることだ。その点ドリップ式は、ちょっとの違いが香りと味の違いになる。自分で飲むのだからいつもベストに近い味を求める必要がない。違いが、はっきり出るのは挽き方の違いだ。電動のミルなので、自分の感覚でしかないところがおもしろい。もちろん挽いた豆の分量と湯の量でも変わる。
 ペーパーのドリップ式でひとつこだわっている。一般的なプラスチックのロートを使っているが、これに二種類あって、完全な円錐形のものの方がよい。


しかし、それはもう比べようもないくらい遠いものとなっていた。

 広岡たち四人が翔吾へ教えていることは、真田と白石が考えた方法であり、昔をなぞっている面がある。しかし、そればかりではないのであろう。回顧ばかりでなく、真田の気持ちを継ぐ方法を、広岡は考えているように思う。

 真田の家が話題になった。空想が広がる。
○真拳ジムの運営を令子一人でやるには限界を感じている。
○真田の残した家は、広岡たち四人が共同生活をしたスペースがそのまま残っているのではないか?
○今まで残し続けてきた家を売り払ったりしないで、亡き父の遺志を継ぐ形で残したいと、令子は思っているのではないか?