朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第443回2016/6/29

 子どもの頃の佳菜子は、拉致されなくとも、元来が一般の社会から隔絶された環境にいた。それに、保護者に当たる血縁者はいない。一緒に住んでいる医師資格の女性は、悪い人ではなさそうだが、佳菜子の幸福のために動くという様子はない。
 一方、教団側の人々にとっては、佳菜子は母と二人だけで自分たちの集落に逃げてきたのだし、その母が亡くなってしまってからは、彼女を操るのは容易だったと思う。
 佳菜子がこの環境と教団の生活から抜け出すのは、きわめて困難だったと思う。
 佳菜子を教団から救いだし、今のような生活ができるように援助したのは、いったい誰なのか。宇佐見が一人だけでそれをやり遂げたのか。