朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第445回2016/7/1

 すんなりと教団から脱出できたと思ったが、そう甘いものではなかった。

それは土井佳菜子にとって天界から降りて下界で暮らすためのリハビリの日々だったかもしれません。

 佳菜子が現在のような生活を送るためには、まだ幾つかの障害を乗り越えなければならないのだろう。
 宇佐見が教団から目をつけられたとしたら、宇佐見の周辺には佳菜子の居場所はない。宇佐見の母親の所から、進藤に預けられたのでなければ、また誰か別の人物が登場しそうだ。

 もうひとつ気がかりなことがある。
 なぜ、このタイミングで宇佐見はチャンプの家の様子をわざわざ見に来たのか。そして、佳菜子本人ではなく、宇佐見の口からこの事情を広岡に話しているのはなぜか。そこには何かまだ明かされぬ理由がありそうだ。
 さらに、憶測が増す。
 「あらすじ」では、令子と宇佐見の来訪が並列で書かれている。「来訪者」の本命は、宇佐見弁護士だと思っていたが、この両者に関連が潜んでいるのか。

 
 佳菜子の事情と特別な力については今までさりげなく描写されていた。
 佳菜子は、必要な場面でしかその能力を見せはしなかった。彼女の事情については、言葉の端々でそれを予感させた。そして、それは読者にとって、彼女の登場を心待ちにする効果を上げていたと感じる。