朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第464回2016/7/21

 翔吾が大塚に勝つことを望むとすると、不安な要素が多すぎる。佳菜子の心配は的中するはずだ。
 だが、待てよ、佳菜子は翔吾の負けを予感しているのではなく、翔吾の「眼の下やまわりの疵」を心配しているのだ。
 佳菜子の心配だけでも、十分に不安なのに、広岡までも何かを予感している。

広岡には、しかしそのやりとりが、なぜか不安なものに聞こえた‥‥。


 この先、翔吾か大塚のどちらかが世界チャンピオンになるかもしれない。しかし、世界チャンピオンになるボクサーが『春に散る』という小説にとって、重要なのではないと感じる。
 チャンプの家の四人の元ボクサーにとって、翔吾にボクシングを教えたことは大切なことであった。だからといって、四人が世界チャンピオンを育てることを目指しているかというと、それは違うと思う。


 昨日、実際に日本人ボクサーの世界戦が二試合行われた。
 二人の日本人ボクサーは敗者も勝者もすばらしい戦いを見せてくれた。
 それに、対戦相手も強かった。
 最終的には、スピード、力、技術の差が勝敗を決めた。差はあったが、わずかであり、敗者も高いレベルに達していることがわかる。
 敗者は精神力が弱くトレーニングが不足しているとは言えないとつくづく感じた。