朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第469回2016/7/26

しかし、広岡には、いまの翔吾が何を欲しているかわからなかった。

 挿絵を見ると、星もセコンドについている。キッドのキドニーを打ちたいなら、わざわぜ広岡に許可を求めないだろう。
 そうすると、広岡が、教えたクロスカウンターか?広岡のクロスカウンターは、「本能を捨てた」動きだ。ということは、相手のパンチをガードせずに打つのではなかったか?

この試合を予想する。
① 翔吾の捨て身のクロスカウンターも大塚には通用せず、翔吾はノックアウト負けする。そして、心配されたケガはなかった。
② 翔吾の狙いすました一発が決まり、大塚がノックダウンし、翔吾が逆転勝利する。だが、狙いすましたクロスカウンターの際に翔吾はケガをする。
 ②の方が、今後の展開が広がる。


そのとき広岡は、自分が他者に対して、その存在のすべてを無条件に受け入れたのは初めてのことだったのではないかと思った。
 

 親兄弟に対して親しみを感じられない広岡が、今までの人生で初めて感じたものだ。
 三人の仲間は大切な存在だが、彼らはそれぞれが自立している存在だ。
 黒木翔吾には、れっきとした親がいる。しかし、広岡は、いつのまにか翔吾を、まるで我が子のように感じている。
 ボクサーとしてだけでなく、「その存在のすべて」という点が印象に残る。