朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第470回2016/7/27

 すごい逆転描写だ。
 実際に観戦していても、テレビ中継を観ていても、何があったかわからないだろう。文章表現でしか味わえない場面だ。

 キッドのキドニーについては、予想できなかった。逆転勝利は、期待し予想できた。
 予想がどうのこうのを超えた迫力だ。


絶望的な状況の中でひとり危険な海に乗り出し、ひとりで航路を見つけ、ひとりで嵐を乗り切ったからだ。

 この表現から、翔吾が、星ではなく広岡に許可を求めた理由がわかる。翔吾は、セコンドの三人の指示だけで動くボクサーではなくなっていたのだ。
 技術は、星から教えられたボディフックだったが、もうそれは翔吾独自のものになっている。
 広岡は直接的には翔吾にボクシングを教えていない。が、翔吾は、広岡から「ボクシング」を学んだのだ。


 大塚のようなスピードとテクニックの完璧なアウトボクシングをするボクサーは、それだけではプロのチャンピオンにはなれないのだ。


 沢木耕太郎のストーリー作りには魅了される。同時に、人間についての洞察にも。
 前回の、広岡が翔吾に感じた感覚は大切だ。