朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第50回2016/6/21

 金田夫人の寒月についての調べはなかなか念が入っている。学者としての仕事ぶりだけでなく、今度は人柄というか、書いたものを見せてほしいと言った。苦紗弥も迷亭もおもしろがって、寒月からの絵はがきを出してくるが、そんなに簡単に見せてもよいものだろうか、疑問に思う。
 人柄や趣味についての良し悪しの基準も、金田夫人と迷亭とは大いに違っているので、ここでも話は食い違う。
 今までは、親しいといいながら苦紗弥と迷亭とは感覚の違う人物に見えていたが、金田夫人のような人が現れると、苦紗弥と迷亭は同じ価値観をもっていることがよくわかる。
 その証拠に、金田夫人が帰ると、二人は夫人に対する不満を相互に吐き出し、おおいに盛り上がっている。

 金田夫人のやり口の下品さや、世間体だけに縛られた感覚の浅薄なことは明らかだ。ところが、そこをいくら攻撃しても、まったく反省がない。
 むしろ、世間体や金の力に重きを置かない人間が、実際の生活では無力であることが描かれている。