朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第492回2016/8/18

「いまになって訊いても遅いけど」

 本当にそう思ったらこうは言わない。今になってはどうすることもできないが、訊いておきたいのだろう。
 広岡は、日本に戻って来て思いもかけない多くのことをやり、仲間からも若い二人からも慕われている。しかし、彼がそれを心から喜びすべきことをやり遂げたとは感じていないように思う。
 令子にとっても、広岡にとっても、昔の別れの理由をはっきりとさせなければならないのではないか。


 翔吾の世界戦へ向けての不安がまた増えた。