朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第499回2016/8/25

第六ラウンド

翔吾をなかなか捉えられないことにバイエフが苛立ち始めた。

 これは、大きな変化だ。相手の「苛立ち」は、翔吾のチャンスにつながるはずだ。

(略)バイエフは打たれても、それをものともしないという勢いで接近し、強引に連打を放ちはじめた。

 これも、今までのラウンドと違う。翔吾にとって危険ではあるが、翔吾はこういう場面を何回か経験している。中西とのスパーリングもこれと似た展開が多かった。

(略)顎を打ち抜かれた翔吾は、(略)

 顔面には違いないが、眼の周囲でなければ、立ち上がれるかどうかは、体力と気持ちの問題だ。もしも、翔吾が致命的なダメージを受けたり、眼の状態が悪くなれば、広岡は迷わずタオルを投げ込むと思う。広岡の判断が正しいことと、広岡の言葉が届くことを期待する。