『波の音が消えるまで』 沢木耕太郎 新潮社 

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 何かを追い求める生き物が、人間だ。そんなことを思わせる小説だ。
  だからといって、主人公の思想が難しく書かれているのではない。むしろ、主人公は単純で、行動の人物だ。その面では、エンタテイメントの要素が強い。 
 主人公は、作品の最初から最後まで、バカラをやり続ける。そして、遂にバカラの必勝法を手に入れる。この必勝法は、リアルだ。バカラの勝負の場面もリアルだ。
 書かれている必勝法はリアルだが、私はそれを試してみようとは思わなかった。その勝ち方を手に入れるには、その域に達するまでがあまりに遠すぎるのだ。
 
 かえって、バカラに、溺れる過程の惨めさがよく理解できた。賭博を止められなくなる心理は、理解しているようでできていなかった。
 楽をして儲けようというだけではない。損を取り戻そうするだけではない。一度味わった勝ちを再び味わおうというだけでもない。勝負のおもしろさにのめり込むだけでもない。
 人は、賭博だけでなく、自棄(やけ)になる時がある。誰にでも、いろいろな場面で自暴自棄になることがある。ネクタイの絞め方などというどうでもよいことの場合もあり、会社を潰すような影響の大きい場合もある。とにかく負の循環に入り込むと、自棄になり、信じられないような行動を平気でとる。
 バカラで負け、文無しになり、他人のコインを掠め取り、また賭ける。どうして止められないのか、と思っていたが、この主人公の気持ちになると、そういうことを平気でするようになるのも人間だということに共感できる。