朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第88回2016/11/30

 他人について、好き勝手にものを言えるのは、小説やドラマの登場人物についてだけだ。
 私は、母であり作家であったユリカのことを、高橋の話から、他の人と協調しようという気持ちのない人と表現した。
 理有は、次のようにとらえていた。

 杏(あん)のことをおさるさんと言っていた母だって、精神構造的には共感能力や予測能力の欠如したおさるさんだったのではないだろうか。

 協調心がないというのと、共感能力がないというのは重なる部分もあるが、異なる部分もある。また、予測能力が欠如しているというのも興味深い。
 我が子に向かって何かを言うときには、その言葉が子どもにどんな影響を与えるか、また周囲の人はその言葉をどう感じるかを、普通は考えると思う。だが、共感能力も予測能力も欠如しているなら、そんなことは考えない。思った通り感じた通りに言い、行動するのだろう。
 さらに、理有は、ユリカのことを次のように表現している。

「私も母といると、時空が歪(ゆが)むっていうか、そういう、ぐにゃっとする感じがありました。(略)」

 これも、おもしろい。
 作家と呼ばれるような人は、みんなこのような独特の時間や空間についての感性をもっていると思う。その中でも、ユリカは特に独特だったのだろう。
 
 ユリカのことを、理有が語っている部分がおもしろい。