朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第22回2017/1/23

動きを失った二人の男たちのまえで、雪を染めた熱い血から湯気が立っております。

 
この文の文末が「湯気が立っている。」となっていたら、その場の様子が生のまま伝わってくる。「おります。」になると、離れた所から静かに見つめている感じが伝わる。不思議なものだ。
 描かれている凄惨さに変わりはないが、実写として描いた映像よりも、この文の方がより踏み込んだ感覚を味わわせていると感じた。

 喜久雄が見ているのは、逃げる若衆に宮地の組員の日本刀が刺さった場までであろう。座敷は、語り手の視点に移っている。
 
 宮地の組員の日本刀は、刺そうとして刺さったものでない。
 殴り込みをかけた宮地の組員が子供たちを放り投げたのは、巻き添えにしたくなかったからであろう。
 こういう描き方に、作者の熟練の技を感じる。