朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第28回2017/1/29

 権五郎は、新年会で撃たれ、命を落としていたことがはっきりした。
 喜久雄の様子からは、明日、権五郎の一回忌があるという雰囲気は感じられない。徳次が今の立花組の状態を知らないのか。或いは、喜久雄と徳次の二人だけであっても親分の一回忌をやろうとしているのか。

 それにしても、喜久雄にも徳次にも、諦めや切羽詰まった感じがない。また、十六と十四の少年という雰囲気もない。喜久雄は、二階で春江と母が自分の事を話していても、悠々と煙草を吸っている。徳次は、鑑別所を脱走してきたのに、野良猫に餌をやっている。まるで、二人とも、数々の修羅場をくぐって来た壮年の男のようだ。
 世間の荒波を乗り越える手立てを身に付けることは、年齢や性格とは無関係なものなのかもしれない。苦労した経験の多さと生命力の強さが、ものを言うのだろう。
 その点から言えば、徳次については納得できるが、喜久雄のふてぶてしさは本物なのだろうか、疑問に思う。