朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第33回2017/2/3

 文章では、表現が困難な乱闘の場面だ。試しに、徳次と喜久雄の視点から前回と今回の動きを箇条書きにしてみた。

【徳次の視点から】 
いきなり、ニッキの譲治に顔面を殴られる。
鼻血を抑えて蹲る。
ニッキの譲治に、背中を雪駄で踏みつけられる。(以上32回)
ニッキの譲治と喜久雄の間に割って入ろうとするが、足元がおぼつかない。(以下33回)
形勢不利な喜久雄を助けようと、ニッキの譲治の腰にしがみつくがうまくいかない。

【喜久雄の視点から】
徳次を踏みつけたままのニッキの譲治に、胸ぐらをつかまれる。
無理やり座席に座らせようとされる。(以上32回)
ニッキの譲治の手を捻り上げようとする。(以下33回)
逆に捻り上げられる。
ニッキの譲治から、顔面に拳を落とされる。
ニッキの譲治から、雪駄で頭を叩かれる。
逃げようとするが、膝がシートの間に挟まり抜けない。

 徳次と喜久雄とニッキの譲治の三人の動きが矛盾なく伝わる。さらに、双方の取り巻きたちの動きが描かれている。
 どこにも、無駄がない。擬音語、擬態語に頼っていない。
 その上、映画館の床の描写(32回)、消火器の煙(33回)が場の雰囲気を十分にイメージさせる。