朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第37回2017/2/7

 徳次の真剣さが、春江の言葉に顔も上げない描写から伝わる。
 一方の、喜久雄もまたいい加減な考えでないことが分かる。
 煙草の空き箱の傘のことを、どうして詳しく書くのかと思った。徳治がいくら力を込めて、敵討ちの計画を話しても、喜久雄はもう別のことを決心していたのであろう。だから、徳治の話を聴きながら、傘をもてあそんでいた。そして、話の区切りがついたところで、バラバラにした傘を掬い上げた。ここから、喜久雄には何か別の決心がある、と感じる。それが、次の文につながるのか。

「いつか、春江と一緒に連れてってやるけん、京都」


 
春江は中学校を卒業して間もない年頃だろう。時代は、昭和三十九(1964)年、春江十六~十八歳、喜久雄十四歳。
 金原ひとみ作『クラウドガール』の、杏は十六歳、晴臣は十七~十八歳。小説の設定を現代とすれば、時代は、平成二十八(2016)年。
 二組の若い男女の年代差は、五十年ほどだ。そして、この二組の男女が生きた年代を、私も生きている。五十年で、大きく変化したのか、それとも、社会や生活状態の変化はあるが、人の生き方に本質的な違いはないと言えるのか。