朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第38回2017/2/8
 
 親分の一人息子なのに、撃ち殺された親の敵討ちをしようとしない。それどころか、ガキ同士の喧嘩で負ける。おまけに、大晦日の夜なのに女の所でくすぶっている。喜久雄のよい所と言えば、歌舞伎舞踊が見事だったことだけだ。
 それなのに、喜久雄がただの腑抜けとは思えない。春江の母に対して喜久雄が感じたこと、そして、父権五郎の死に際を見て、喜久雄が思ったこと、この二つのことが喜久雄の何かを表している。この男、何かとてつもなく大きくなるものをその身に潜めている、という予感を抱く。

 権五郎の一回忌は元旦かと思っていたが、命日は三日か四日になるのだろう。一回忌まで、まだ日にちがある。