朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第回2017/2/9 

 喜久雄が二歳のころというのだから、実母の思い出はほとんどないであろう。また、病気の母がいるのに、父が新しい女マツを家に入れていたことについても、幼過ぎて特別な考えは持たなかったであろう。だが、父が死んだ今は、実母についての思いは何かあるに違いない。
 実母は、どんな来歴の女性であったのか、喜久雄は聞いているのであろうか。

 喜久雄と徳次が出会ったときは、親分の坊ちゃんと組に拾われたガキと差があった。しかし、互いに幼い頃に母と死別していることと父がいない(徳次の父は生きていそうだが、いないも同然)ことで、今は似た境遇と言える。