朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第40回2017/2/10

喜久雄を育て上げましたマツは、権五郎の後妻でありまして、実母というのは喜久雄が二つのころに亡くなっております。(39回)

(略)幼子ながらも、そこで寝ている実の母を魔物か何かのように恐れていた記憶もございます。(39回)

 ここから、喜久雄には実母についての記憶がほとんどないものと思わされた。

 二歳の幼子の記憶など頼りないものですが、喜久雄はこの二人が裏の長屋で話している姿をなぜか覚えております。(40回)

(略)その記憶のなか、苦しそうな千代子の背中を摩りながら、マツはこう話しかけているのであります。
「千代子さん、頑張らんば、せっかく原爆にも負けずに生き残ったとよ。病気なんかに負けてどうするね」と。(40回)


 喜久雄の記憶には、実母と育ての母の会話がしっかりと残っていることが描かれている。
 もうひとつ予想が覆された。
 
 このころすでに権五郎はのちに後妻となるマツを家へ引っ張り込んでおりました。(39回)

 ここから、後妻のマツは、情婦として権五郎の家に入ったと予想させられた。

 元々、マツは、権五郎が若いころから身の回りの世話をさせていた近所の婆さんの孫娘で、(略)根が素直といいますか、(略)(40回)

 
マツは、幼い喜久雄を育て、病床の千代子の面倒を見て、その葬儀の時には「誰よりも気丈に葬儀を取り仕切った」と書かれている。
 マツは、働き者で情の深い女であったことが描かれている。

 作者吉田修一は、連載という形式を操り、読者を巧みに誘導し、物語を楽しませてくれると感じる。