朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第6回2017/2/10
第2話 若松家ダービー①

あらすじ
登場人物
若松家 供子(母)  仁志(父)  圭太(長男 高一)  真貴(圭太の妹 小五)
フナこと舟井倫明(泉大津ディアブロのDF)
 
 若松家は、休日には家族そろって泉大津ディアブロの応援に行くことが習慣のようになっていた。ところが、圭太が半年ほど前から試合に足を運ばなくなった。供子は、圭太がボードゲームの仲間とでも遊んでいるのだろうと思っていた。供子と仁志は真貴を連れて、相変わらずサッカー観戦に出かけていた。だが、圭太は休みの日に遊びに行っているのでなくて、アルバイトをしていることが分かった。
 供子は、息子のことも気にしていたが、ディアブロの舟井選手の不振ぶりもすごく心配だった。
 ある日、事件が起こった。圭太のハーフパンツのポケットから、関西有数の歓楽街雄琴のコンビニのレシートが出てきたのだ。圭太は、今まで親に心配をかけるような子ではなかった。供子は、この事を夫仁志に相談するが、思い当たることもどうしてよいかも浮かばない。

感想
 
家族揃って、休日にサッカー観戦というのはよいことだと思う。そういう習慣なり、家族のイベントなりを始めたのは、親だ。子どもがある年齢になると、親の好みを押し付けられているように感じるだろう。子どももサッカー好きであれば、押し付けられていると感じていても断れないかもしれない。
 圭太は、試合に一緒に行かなくなる以前からこの家族揃っての行動が厭だったのかもしれない。

 「子育て」「反抗期」「子の親離れ」「親の子離れ」などの言葉が一般的に使われる。でも、振り返ってみると、心理学上の用語だったり、新しい造語だったりする。
 親が子どもを育て、子どもは親兄弟の中で育っていくのは自然なことだ。子どもが自立できるようになると、独り立ちし、親の方も子どもから離れるのが自然なことだ。ところが、昨今はそれがスムーズにいかないことが多い。
 その理由をとらえることは難しい。でも、もう一度考えてみたい。「子育ての方法」や「親の子離れの仕方」などをハウツーとして、把握しようとするのが役に立たないことだけははっきりしている。