朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第43回2017/2/14

 「長崎ブルース」「長崎は今日も雨だった」どちらも好きだ。でも、この曲が好きだったとは人前では言わない。ベンチャーズやローリングストーンズの曲を好きな曲としてあげる。
 青江三奈、クールファイブは、ひっそりと一人で聴く。

 この私でも、当時は給料が毎年上がった。ボーナスも出た。映画もテレビもアメリカのものが圧倒的に面白かった。それでいながら、夜は身銭をきって安酒場に行った。酒場の外れは、まさに、春江と喜久雄の世界だった。
 今、思うと、成長発展していたとされる世相の中で、夜は飲まずにいられないような何かを感じていたのかもしれない。
 東京オリンピック、バブルの頃には、明るい未来があったなんていうのは、あまりに皮相のことだと今改めて思う。
 
 喜久雄と春江は、一生を契り合うような刺青を入れた。
 春江は相変わらず夜の街に立っている。喜久雄は、そんな春江のヒモになっているかのようだ。
 徳次の姿は見えないし、喜久雄は親の敵討ちをしていない。
 喜久雄も春江も長崎を離れず、賑わいを増す繁華街の隅っこで生きている。