敗戦後の混乱が落ち着き、昭和の経済発展の頃の庶民の影の部分を、どうして忘れていたのだろう。また、東京オリンピックに日本中が沸いた頃にも辛い暮らしをしていた人々は多かった。それを、どうして取り上げないのだろう。
 私の知っているものでは、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が当時の市民の貧しさも描いているように感じる。だが、この映画も美化され過ぎているという批判もある。一部しか読んでいないが、漫画『三丁目の夕日』の方が当時の暮らしの辛さを忠実に描いていると思う。
 国宝で描かれている時代には、次のような変化があった。
 高校や大学に行くことが珍しくなくなっていた。結婚は恋愛結婚が当たり前になっていた。男女平等も理念だけは常識になった。就職すれば終身雇用が普通だし、給料が毎年上がるのも驚くことではなかった。
 しかし、そんな風潮とは異なる面があった。中卒での就職者が一定数いた。高卒と大卒の間に差ができ、学歴が幅をきかせていた。恋愛結婚といっても、結婚には年齢や家柄や収入が条件とされた。男女平等といいながら、職業上の待遇の男女差は明らかだった。そして、家電や自動車や住宅を得ることが幸福の条件のようになった。
 そんな風潮に飽き足らないものを感じてはいた。それが、大学紛争や労働運動へのシンパシーとなったと思う。
 
 しかし、大学紛争や労働争議に全く縁がない人々も多かったということを、もっと知るべきだ。

 「長崎ブルース」「長崎は今日も雨だった」、三上寛の「夢は夜ひらく」の歌詞の一部を引用する。

長崎ブルース 作詞 吉川静夫
逢えば別れが こんなにつらい
逢わなきゃ 夜がやるせない
どうすりゃいいのさ 思案橋

長崎は今日も雨だった 作詞 永田貴子
さがし さがし求めて
ひとりひとりさまよえば
行けど切ない 石だたみ

夢は夜ひらく 作詞 三上寛
サルトル マルクス並べても
あしたの天気はわからねぇ
ヤクザ映画の看板に
夢は夜ひらく


 この歌詞に描かれている雰囲気は、表には出てこなかった。また、昭和の文化を語る時にはサブカルチャーの扱いを受けていると思う。
 歌詞を改めて読むと、古代の和歌や近代の短歌につながる情調が流れていると感じる。また、日常を生きる力がどこから湧いてくるかも分かる気がする。

 喜久雄がこういう体験をどう生かしていくのか、楽しみだ。