朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第48回2017/2/19

「今日、坊ちゃんが久しぶりに学校に行くって、春江に聞いたもんやけん」
「ああ」
 徳次の言葉を喜久雄は聞き流します。

 徳次は喜久雄とは顔を合わせていなかったが、春江とはちょくちょく会っていたのかもしれない。そうだとすると、徳次と春江は、喜久雄に全てを話していないことになる。喜久雄も、昨夜春江と分かれてから、春江が徳次と会ったことに気づいたが、そこを追及はしなかった。
 春江の生い立ちと事情については、いずれストーリーの重要な部分になるだろう。
 

 この小説の登場人物たち、昭和を生きた世代の一般的な考え方の特徴に、平等意識があると思う。身分や階級に縛られた過去の社会から、身分や階級を全面的に否定する社会へ変化した。若者は、自身の才能と努力でどこまででも自分の人生を切り開くことができると信じられた。それは、考えや理想だけだったかもしれないが、世の常識でもあった。
 昭和の東京オリンピックの時代の若者は、自分の人生や自分の職業が、家や親に束縛されるべきではないと信じていた。少なくとも私はそうだった。
 喜久雄を見ると、今の年齢まではその生い立ちが全てを決めている。父権五郎の羽振りがよくならなければ、親分の息子としてチヤホヤされることはなかった。権五郎が殺されなければ、親分の息子の位置から引きずり降ろされることもなかった。中学生で情婦がいたり、刺青を入れることもなかった。
 その事情は、徳次も同じだ。
 世間では、子どもは平等であることと無限の可能性をもった存在であることが常識であった。ところが、実際の世間では、子どもは親の職業や経済力の影響を多大に受けていた。それが、経済発展へ向かう昭和の世間の一断面であったのかもしれない。
 喜久雄、徳次、春江の様子を読むと、こんなことを考えてしまう。