朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第57回2017/2/28

 徳次が登場すると、なんだかホッとする。脱走の身であり、敵討ちに誘った男なのに、憎めない所がある。組に入ったきっかけや、野良猫に餌をやる、寺の屋根裏で手を合わせたなどの話に、人柄が出てくるのだろう。
 今回での、列車の中を見て回ったり、安カメラにも愛嬌がある。
 徳次が春江と連絡を取っていたことは察しがつくが、いったい誰が徳次の大阪行きを手配したのだろうか。育ての母のマツと考えるのが手っ取り早いが、マツにそんな才覚があり、徳次をつけてやることを喜久雄に隠すだろうか。
 
 小説の舞台の時代の歌で明るいものが初めて出てきた。喜久雄の年齢相応の感じが見える。
 挿絵では、喜久雄の顔の部分が初めて描かれた。ふっくらした優し気な顎と唇に見える。