51~60回
 ドスに手応えはあった。が、それと同時に体育教師尾崎の体当たりを食らって、喜久雄は弾き飛ばされた。宮地の傷は浅いものだった。
 傷の手当てに、医務室へ行った宮地の大親分に、尾崎が次のように、話を持ち掛けた。
 「今回の刃傷沙汰を公けにすると、失敗はしたが敵討ちになり、宮地の親分は敵役になってしまう。それを避けるために、喜久雄の今朝の刃傷沙汰を許して、逆に宮地の大親分の美談にする方が得策ではないか。」 
 尾崎のこの話に乗った宮地は、朝礼の場に戻ると、他の教師に押さえられている喜久雄に、
「親の敵を取ろうする行為はえらいが、敵は宮地ではなく、日本に蔓延っている暴力だ」
と諭した。その後、宮地は何事もなかったように壇上で、演説の続きを始めた。これで、喜久雄の敵討ちは警察沙汰にならずに収まった。しかし、宮地は「立花の息子は、すぐに長崎から追い払うこと」という条件を出していた。
 今や立花組を仕切っている辻村の意見で、喜久雄は大阪の役者花井半二郎の所に行かされることになった。
 慌ただしく一人で長崎を立った喜久雄の列車に、徳次が乗り込んでいた。徳次は、喜久雄のお供で大阪に行くと言う。
 真冬の早朝、二人は大阪駅のホームに降り立った。
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61~75回
 大阪駅では、役者半二郎の家の番頭源吉が、喜久雄と徳次を出迎えた。半二郎の屋敷で、喜久雄と徳次は、先ず、女将(半二郎の後妻)の幸子に挨拶をする。そこで、半二郎の一人息子で、喜久雄と同い年の俊介に会う。
 女将の幸子に勧められて、喜久雄と徳次は、俊介の義太夫の稽古を見に行く。義太夫の師匠は、初対面の喜久雄にも俊介と一緒の稽古をつけはじめる。
 義太夫の稽古には理由があった。事前に、半二郎は、義太夫の師匠に、「今度、男の子を預かることになったが、その子を俊介のライバルにしたい。また、その子には役者の資質があると思う。そこで、俊介と一緒にその子にも稽古をつけていただきたい」と頼んでいたのだった。