朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第68回2017/3/11

 あとで分かることですが、この源吉、元は半二郎付きの弟子だったのですが、芸よりもその忠義心を買われまして、俊介の養育係と言いましょうか、男ながらの乳母とでも申しましょうか、とにかくおむつのころから、人気歌舞伎役者と舞踊の家元である父母に代わり、俊介を手塩にかけて育ててきたのでございます。
 

 子どもを育てるのは親であり、子どもの教育は学校が中心という考え方は、正論に思えていた。
 そうとばかりはいえない、と思う。
 時代を昭和に限っても、家の中に三世代が住んでいて兄弟が多ければ、子育てに家中の人が手を出していた。さらに、隣近所の大人が近くの子どもをからかったり、叱ったりしていたことは、過去の美点としてよく語られる。
 家族が親子だけになり、同時に近所との関係が薄くなり、親以外の人が他人の子に口を出すようなことも当然なくなった。そうなると、子育てを担うのは親しかいなくなった。
 こういうことは、学者や評論家に指摘されなくても、実感できる。
 親だけに、子どもを育てる責任を負わせることが、社会にとってよいことが多いのか。
 学校が、子どもの教育の中心になることは、子どもにとってよいことが多いのか。
 疑ってしまう。特に最近は。

 それにしても、「男ながらの乳母」というのは、珍しい。
 また、徳次のような年上のワルがある意味の教育係になることも、今の社会では全否定される。
 その徳次だが、相変わらず、喜久雄を坊ちゃんとして守ろうとしている。二人の関係は、変化しているはずなのに。
 喜久雄が徳次を警察に通報したことを、徳次は分かったはずだ。
 喜久雄が一人で敵討ちをしようとしたことを、徳次は納得できたのか。
 半二郎の家では、二人の若者が来ることだけは知らされていたようだ。喜久雄は、徳次が同行したのが誰の差し金か、訊きただしたのか。

 ところで、俊介も喜久雄も中学校卒業直前か?