朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第5回2017/3/18

 何かを好きになっていくというのは、理由がつくようでつかない。興味を持ったことでも、やってみると、自分には合わないと手を引いてしまうことも多い。逆に、人から強いられてやってみたことでも、その面白さにやめられなくなることもある。
 長崎にいた頃の喜久雄の踊りの稽古は、マツに勧められて渋々やっていた節があった。だが、新年会の出し物とはいえ、その舞台が観客の喝采をあびた時にはうれしかったであろうし、得意だったとも思う。
 喜久雄は、元々義太夫は好きだった。そして、その稽古の様子を初めて体験した。
(略)喜久雄はこの日から、すっかり鶴太夫直伝の義太夫節の虜(とりこ)となっていくのでありますが、(略)
 喜久雄の年齢と境遇を思うと、打ち込めることを発見すれば、どれほど真剣になるか、想像できる。

まず一つ目が、一人息子の俊介にはどうも甘えがあって、ライバルでもいなければ稽古に身が入らないので、その相手にしたい旨。そしてもう一つが、まだ海のものとも山のものとも分からないが、どうもその子には生来の役者の資質があるように思える(略) 
 半二郎が喜久雄のことを、このように思っていたことがわかり、読者として安堵した。しかし、半二郎は、このように思っていることを喜久雄に伝えるであろうか?