朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第94回2017/4/6

 新年会の余興とは言いながら、酔った組員から芸者衆までを魅了した喜久雄だから、踊りだけでなく、顔が美しいとは思っていた。そして、今回初めてはっきりと喜久雄の顔の美しさが描かれた。

「ほんときれいなお顔だこと」

 半二郎にも、俊介にも、聞かれないように言っている。俊介は男の子とは思えない白い肌と描かれていた。その血筋からも舞台映えのする顔に違いない。その俊介よりも、更に、きれいだということなのだろう。

「でも、あれですよ、役者になるんだったら、そのお顔は邪魔も邪魔。いつか、そのお顔に自分が食われちまいますからね」

 万菊は、喜久雄に役者の才能を認めたということか。さらに、顔に食われないような役者になれ、ということか。

 喜久雄が、その美しい容貌で、若いうちから人気役者になるのはそれほど難しくない、と予想できる。だが、ただ一時期の人気役者で終わらないためには、万菊のこの忠告をいつか生かさなければならないのだろう。
 
 観客席の喜久雄は、万菊の楽屋の時と同じように、俊介とは違うものを感じている。