朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第95回2017/4/7

 小野川万菊の楽屋の様子では、俊介より喜久雄が、万菊の凄さに気づいているように受け取った。しかし、実際の舞台を観ている二人の反応を見ると、そうとばかりは言えないようだ。


喜久雄
 あまりに強烈な体験に心が拒否反応を示すのですが、次第にその化け物がもの悲しい女に見えてまいります。

「いや、こんなもん、女形でもないわ。女形いうもんは、もっとうっとりするくらいきれいなもんや。それが女形や」

俊介
 喜久雄が万菊の魔力を断ち切るように、隣の俊介に目を向けますと、やはり何かに憑(つ)かれたように舞台を凝視しております。
(略)
「たしかに化け物や。そやけど、美しい化け物やで」

85回 女形の説明
 これを一言で説明するのは難しいのでありますが、二人が二人して、男が女を真似るのではなく、男がいったん女に化けて、その女をも脱ぎ去ったあとに残る「女形」というものを、本能的に掴めているのでございます。
 
 
この説明からすると、俊介の方が「女形」の本質に近づいているような気がする。